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福岡高等裁判所 昭和57年(ネ)371号 判決 1982年12月15日

控訴人(被告)

梅崎さよ子

ほか一名

被控訴人(原告)

山田一

主文

一  原判決中本訴に関する部分を次のとおり変更する。

1  控訴人らは各自被控訴人に対し金二九万四五五六円及びうち金二五万四五五六円に対する昭和五二年六月三〇日から、うち金四万円に対する本裁判確定の日からそれぞれ支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  原審における本訴に関する訴訟費用及び控訴人らの控訴によつて生じた訴訟費用はこれを四分しその一を控訴人らの負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

三  この判決は被控訴人勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

控訴人らの本訴につき「原判決中控訴人ら敗訴部分を取消す。被控訴人の本訴請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は「本件各控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加し、改めるほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  控訴人らの補足主張

1  過失相殺について

被控訴人は、原動機付自転車を運転していたのであり、したがつて、道路の左側に寄つて進行すべき義務があるに拘らず、これを怠り道路中央寄りに進行していた過失があるから、この被控訴人の過失に照らし少くとも二割ないし三割の過失相殺をなすべきである。

2  休業損害について

被控訴人が本件事故による受傷により労働能力が四分の一に減じたとすべき根拠はない。被控訴人は本件事故以前から高血圧症、肝疾患、労作性狭心症の治療を受けていたものであつて、この各疾病によつて労働能力が既に低下していたものである。

3  弁護士費用について

控訴人らは本件事故後その損害賠償の履行につき誠実に対応していたに拘らず、被控訴人は突如本訴提起に及んだものであるから、被控訴人が要した弁護士費用について控訴人らが賠償責任を負うべきいわれはない。

二  証拠関係〔略〕

理由

(書証は甲号証、乙号証ともすべて成立に争いがないので、その各成立に関する説示を省略する。)

一  控訴人らの不服申立の限度において、以下判断を加える。

二  先ず、本件事故発生の情況等について、判断する。

被控訴人主張の請求原因(一)の事実は、当事者間に争いがない。

右争いのない事実と甲第二号証の一ないし五、第四号証の一ないし六、乙第一一号証の一ないし一二、原審における証人梅崎隆治の証言並びに控訴人梅崎さよ子及び被控訴人の各本人尋問の結果(ただし、証人梅崎隆治の証言及び控訴人梅崎さよ子の供述中後記採用しない部分を除く)を綜合すると次のとおり認められる。

1  被控訴人は、原動機付自転車(以下、「被害車」ともいう。)を運転して、早津江柳川線通りを辻町方面から筑紫町方面に向けて西進し、本城町方面から矢ケ部方面に向う車道幅員約一二メートルの南北に通じる道路と交差する十字型交差点にさしかかり、信号機の表示が「青」を示していたので同交差点内に進入したが、たまたま対向車が右折を開始したので、同車の通過を待つため一旦停止し、同車通過後再び進行を開始した。同交差点から筑紫町へ向う道路は、歩車道の区別がなく幅員約八・六メートルであるが、被控訴人の進行する道路部分の幅員約四・三メートルのうち左側部分約〇・七二メートルは鉄製ないしコンクリート製の蓋で覆われた側溝となつていて、道路面より若干の段差があり低くなつていた。被控訴人は同道路左端(側溝の左端)から約一・五メートル内側付近を西進していたところ、被害車に若干遅れて右側を併進して来ていた控訴人梅崎さよ子運転の普通乗用自動車(以下、「加害車」ともいう。)(車幅一・二九五メートル)の左側部分(同車前部より約一・五五メートル付近)が被害車のハンドルの右先端部に接触し、その衝撃により被控訴人はハンドル操作の自由を失い、約一八メートル進行して道路左端に転倒した。なお、被控訴人は加害車の接近に全く気付いていなかつた。

2  控訴人さよ子は、加害車を運転して同じく辻町方面から筑紫町方面に向けて西進し、右交差点内において対向右折車の通過を待つため、被害車の右後方に一旦停止し、右折車通過後被害車とほぼ同時に発進し、同交差点より筑紫町方面へ向う道路に入り、被害車と併進状態となつた際、大型車(トラツク)が道路中央線寄りに対向して来たことから同車に注意を奪われて自車を左側に寄せ過ぎたため、自車左側を被害車のハンドル右先端部に接触させて、本件事故を発生させた。

なお、右接触時において、加害車右側と道路中央線との間には約〇・九九五メートルの間隔があつた。

以上のとおり認められ、原審における証人梅崎隆治の証言及び控訴人梅崎さよ子本人の供述中右認定に反する部分は採用し難く、他にこれを左右するに足る証拠はない。

右認定事実によれば、控訴人さよ子は、加害車を運転して、被害車の後方からほぼ同時に発進し被害車と併進する状態になつたのであるから、被害車が二輪車の構造上バランスを失し易くハンドル等に衝撃を加えられると操縦の自由を失い転倒等の事故を生ずる虞れのあることに留意して、その安全を計るため同車との間に十分な間隔をあけて進行すべき業務上の注意義務があつたものであり、右注意義務を尽して被害車と併進すれば本件事故の発生を防止することが可能であつたものと認められる。したがつて、控訴人さよ子は、右注意義務を尽さなかつた過失によつて本件事故を発生させたものというべきである。一方、被控訴人においても、後方からの他車の接近について相当の注意を払つて進行すべき注意義務があり、若し右注意義務を尽していれば加害車の接近に気付き自車の進路を若干左方にかえることにより加害車との接触を回避することが可能であつたと認められるから、被控訴人は右注意義務を尽さなかつた点に過失があるといわざるをえない。

三  右のとおりであるから、控訴人さよ子は、不法行為者として本件事故により生じた損害を賠償すべき義務がある。また、控訴人梅崎真由美が加害車を所有していたことは当事者間に争いがなく、本件事故が同車の運転者である控訴人さよ子の過失によつて発生したことは前判示のとおりであるから、控訴人真由美は自動車損害賠償保障法三条により被控訴人が本件事故による受傷の結果被つた損害を賠償すべき義務がある。そして、控訴人さよ子及び控訴人真由美の各損害賠償義務は不真正連帯債務の関係にある。

四  次に、被控訴人について生じた損害について検討する。

1  治療費 金一三万〇四四〇円

甲第一号証、乙第三号証、第五号証、第八号証、第一二号証並びに原審における証人藤吉マキの証言及び被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は本件事故の結果胸部挫傷、右膝部挫傷、右腕部、左肘部挫傷の傷害を負い、重藤外科病院において本件事故発生の日である昭和五二年六月二九日から同年一二月三〇日までの間に九六日間通院して治療を受けて治癒し、治療費として金一三万〇四四〇円を要したことが認められ、これに反する証拠はない。

2  逸失利益 金五三万七〇〇〇円

前顕証人藤吉マキの証言及び被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は、昭和三五年頃から、「三共商事」の商号で宅地建物取引業を営むかたわら、行政書士の業務をも行つているものであつて、昭和三七年頃から藤吉マキを従業員として雇入れ、昭和五〇年頃から同人が宅地建物取引主任の仕事をしていたことが認められ、これに反する証拠はない。

しかして、被控訴人は、本件事故後六カ月間業務に就くことができなかつたことにより、一カ月平均一八万円合計一〇八万円の休業による損害を生じている旨主張する。なるほど、右藤吉マキの証言及び被控訴人本人の供述によれば、被控訴人は本件受傷後前記通院期間中は、重藤外科病院に通院の当日に帰途事務所に立寄り、藤吉マキから営業に関する報告を受けるのみで、前記各業務に就いていなかつたことが認められるから、被控訴人はその主張のとおり本件受傷後六カ月間休業していたことは明らかである。しかしながら、本件受傷の程度及び治療の経過に照らすと、本件受傷によつて右通院の全期間を通じて業務に就くことのできない症状を呈していたものとはにわかに認め難い。寧ろ、前顕証人藤吉マキの証言と乙第一三ないし第一五号証によれば、被控訴人は、昭和五二年七、八月頃、高血圧症及び労作性狭心症の治療を受け、昭和五三年二月四日には慢性肝炎により入院していることが認められるのであつて、本件受傷以外の他の疾病による症状のため休業を余儀なくされていた可能性を否定することができない。してみれば、本件受傷の部位程度、他の疾病の治療の経過等に照らし、本件受傷による被控訴人の労働能力の喪失の程度は、本件受傷後一カ月間は一〇〇パーセント、その後の五カ月間は四〇パーセントであつたと認めるのを相当とし、原審における被控訴人本人の供述中これに反する部分は採用できない。

更に、被控訴人は原審における本人尋問中において右通院期間中休業したため一カ月金二〇万円以上の減収になつた旨供述するけれども、これを裏付けるに足る具体的資料の見当らない本件においては、にわかに被控訴人の右供述を採用することはできず、他に被控訴人の休業に伴う減収額を認定しうべき証拠はない。

しかしながら、被控訴人の原審における本人尋問の結果によれば、被控訴人は大正六年四月二七日生れであつて、本件事故当時満六〇歳に達していたことが明らかであるところ、昭和五二年度賃金センサスによれば満六〇歳以上の男子労働者の産業計、学歴等の平均賃金額は年額二一四万七六〇〇円であるから、これを基礎に前示六カ月間中の労働能力の喪失の割合に応じた逸失利益を算出すれば、別紙計算表記載のとおり金五三万七〇〇〇円となる。

3  慰藉料 金五〇万円

被控訴人の本件受傷の内容、治療の経過その他本件にあらわれた諸事情を斟酌すると、被控訴人の本件事故による精神的苦痛を慰藉すべき額としては金五〇万円が相当と考えられる。

4  過失相殺

右各損害の合計額は金一一六万七四四〇円となるところ、本件事故発生につき被控訴人側にも過失があることは前示のとおりであるから、控訴人さよ子の過失と対比し、右損害額より一割を過失相殺として控除すべきものと判断する。したがつて、控訴人らにおいて賠償すべき責任額は金一〇五万〇六九六円となる。

5  損益相殺

乙第一号証、第八号証と弁論の全趣旨によれば、被控訴人において自賠責保険より本件損害に対する賠償額の支払として金七九万六一四〇円の支払を受けていることが認められ、これに反する証拠はない(当事者間において争いのない額である金六六万五七〇〇円は前記の治療費分金一三万〇四四〇円を除外した金額である)から、右受領額を控除すると残存する賠償すべき額は金二五万四五五六円となる。

6  弁護士費用

被控訴人は自己の権利擁護のため弁護士に委任して本件損害賠償請求訴訟を提起・追行しているものであり、したがつて、弁護士費用として相当額の出捐を余儀なくされるものと認められるから、事案の難易・請求額・認容された額その他諸般の事情を勘案し、弁護士費用のうち金四万円をもつて本件事故と相当因果関係ある損害と認めるのが相当である。

なお、控訴人らは、本件損害賠償の履行につき誠実に対応していたに拘らず被控訴人において突如本訴提起に及んだものであるから、その弁護士費用について控訴人らが賠償責任を負うべきいわれはない旨主張するので付言するに、原審における証人梅崎トシ子の証言及び被控訴人本人尋問の結果によれば被控訴人側において自賠責保険による賠償額の支払のみによつては損害が全て補填されていないことを理由に損害賠償の請求を行つたに拘らず、控訴人ら側においては右保険からの支払額を上廻る賠償義務はない旨主張してこれに応じなかつたため、被控訴人は本訴提起に及んだことが認められるから被控訴人が出捐する弁護士費用について控訴人らが賠償責任を負うのは止むをえないものと認められ、したがつて、控訴人らの右主張は採用できない。

五  以上のとおりであるから、被控訴人の本訴請求は、本件損害の賠償として、控訴人らに対し、連帯して、前記残存する賠償すべき額と弁護士費用の合計額である金二九万四五五六円及びうち弁護士費用を除いた金二五万四五五六円に対する本件事故発生の日の後である昭和五二年六月三〇日から、弁護士費用金四万円に対する本裁判確定の日からそれぞれ支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余を失当として棄却すべきものである。

よつて、控訴人らの本件各控訴は一部理由があるから原判決中本訴に関する部分(第一項、第二項)を主文第一項のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、九三条一項、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 蓑田速夫 金澤英一 吉村俊一)

別紙 計算表

2,147,600円×(1/12+5/12×40/100)=537,000円

(但し、千円未満は四捨五入)

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